ゆく河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず

この引用は、有名な鴨長明 『方丈記』の一文。
仏教的(日本的?)な無常観として高校生あたりで習った印象があります。このセンチメンタルな無常観とやらは、どことなく日本人の”無力感メンタリティー”というか、大きな流れには身を任せるしかないという同調的で、決して健康的には思えない考え方をつくるのに一役買っているように感じていますがどうでしょうか??

10年ほど前に生物学者の福岡伸一さんの著書『動的平衡』を読みました。
そのなかで、私たち生物の細胞というものは日々入れ替わっていて1年もすれば全身の細胞分子は全て元とは違うものになる、、、まるで川を流れる水のように。
と、いうようなことが書かれていて、面白いなぁ~ と思ったことがあります。

生命というのは、体内で物質とエネルギーが流れ入れ替わっているからこそ、機能/安定している。
生命として安定するためには、入れ替わらないといけない。
そう、流れを止め、淀んでしまってはいけないのです。

サードプレイスでは、「できる!」をつくるためのBasic Ideaを
プログラミングブロックで図示しています。

なんども繰り返すこと、
Forever繰り返すこと。

淀ませずに回すこと。

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